秋から冬、冬から春

夜更けにふと、そういえばこのあいだ息子と会ったとき、なんだか変なことを言っていたなと思い出しました。「秋から冬はわかるけど、冬から春はわからない」みたいなことだった気がするけれど、あれなんだったかな?と思って「このあいださぁ、秋と冬と春と夏のこと、なんか言ってたのなんやったかなぁ?秋と冬が繋がってるのはわかるけど、冬と春が繋がってるのがわからんとかやったっけ?」LINEで問うと、「その通りです、冬と春がひとつづきとは思えない」と、すぐに返事がきました。

「冬と春がひとつづきとは思えない」
どうだろう?考えてみたこともありません。でも考えていると、なんとなく、息子が言っていることも分かるような気がします。

秋から冬になるとき、世界は少しずつ色褪せて、くすんだ赤や黄や紫が、少しずつ褐色となり、やがては曇天のような鈍色になります。冬にはときに、真っ白になる日もありますが、その色の経過は、たしかにひとつづきのように思えます。植物の多くが実を落とし、それから葉を落とし、やがて眠るように黙り込む姿も、同じく、ひとつづきだなぁと思います。

それに対して、冬から春はどうだろう?考えていると、たしかに、冬の先に、あたりまえのようにそれに続く春があるという感じはしなくて、春は唐突に、無から生まれでるようにしてやってくるように思えてきました。冬の寂漠とした感じとは、まったく連なってはいない、突然の花、突然の新芽。咲いて舞い散る花の儚さも、芽吹く緑の萌ゆる感じも、すべてが真新しく、透き通った色をしています。

もちろん本当は、すべてのとき、すべての季節は連なっていて、私たちが四季を春夏秋冬と呼ぶとき、春は一番、夏は二番、秋が三番で、冬が四番。でも、冬は春のひとつ前、0(ゼロ)番でもあるのだけれど。

そんな、とりとめのないことを、夏から秋になった日、立秋の夜に考えました。