金木犀のこと

私が暮らす街では、今、金木犀が満開です。今年は花をたくさん付けていて驚くほどです。金木犀の花はとても小さくて、葉の深緑に対して花の薄橙(だいだい)の分量が少ないから、桜や花水木のように、視覚によってわかりやすくその満開を意識することって今まであまりなかったような気がするのですが、今年は本当に花が多くて、街のあちこちで、やさしい橙色を星屑のようにまぶした金木犀が、今まさに満開ですといった佇まいを見せています。桜の木なんかもそうであることが多いのですが、私にとって金木犀は、花を付けていない時にはただの名前を知らない木としてしか存在していなくて、花を咲かせているのを見て初めて、「あなた、金木犀だったのね」という感じになります。特に今年は花が多いために金木犀が街の中でとても目立っていて、いつもの散歩道にあるマンションの生垣や、幹線道路の中央分離帯に並ぶ背の低い街路樹が、実は金木犀だったのだということを新たに発見したりしました。

そしてもちろんその香りは、いまや街全体に充満しています。ほんのりと酔っ払ってしまいそうな、もしくは、まどろんでいたくなるような、それは甘やかな香りです。子どものころ、あれは保育園の頃だったでしょうか、この香りをなんとかずっと持っておけないかと、ひとりでがんばってみたことがあります。小さな瓶に花をいっぱいに詰めて香りを封じ込めようと試みたり、水に浸したり摺り潰したりして香水を作ろうとしてみたりと、子どもながらにあれこれと研究したのです。でも結局、可愛らしい色をしていた薄橙の小さな星々は瓶の中ですぐに枯れてしまったし、擦り潰すと香りは嘘のようにどこかへ消えました。あのとき幼い私は、これだけ試しても香水は作れないのだから、花の香りをずっと持っておくことはできないんだなと、深く悟ったのを覚えています。でも今でも、もしも叶うなら、金木犀の香りをそのまま持って、次の季節に行けたらいいのにと、本気で思ってもいるのだけれど。

街をぐるっと散歩して帰ってきたら、マンションの植栽の辺りに数人の子どもが集まって、熱心に何かをやっています。もしやと思って遠くからうかがってみると、やっぱり、金木犀の花を集めて容器に入れて、ああだこうだと相談している様子です。

「なにしてるん?」
「一緒にやっていい?」

言ってみようかなと一瞬だけ思ってやめました。なんとなく、”金木犀の香りをなんとかしたいプロジェクト”をやってもいいのは、子どもの世界だけのような気がしたからです。